インタビュー調査の全体像:企画からリクルート・実査・分析まで
目次
「インタビュー? じゃあ 10 人くらいに聞けば、みんなの本音が分かりますね」
会議でそう言われて頷きかけたわたしの手元には、「解約した理由は次のうちどれですか。A、B、C……」と選択肢を読み上げるだけの台本がありました。これ、ただの口頭アンケートだ。気づいた瞬間、ペンが止まりました。
この記事は、インタビュー調査を企画から報告まで自分で設計・発注・解釈するための見取り図です。外注するにせよ自分でやるにせよ、丸投げせず手綱を握りたい方に向けています。いちばん代償の大きい間違いは、インタビューを「アンケートの少人数版」として扱ってしまうこと。症状はだいたい 3 つです。
- 数え上げ:「10 人中 7 人がこう言った」を、そのまま根拠にする。
- 鵜呑み:「言った = そう思っている = 事実」と受け取る。
- 代表性のものさし:「n が 10 じゃ足りない」と統計の物差しを当てる。
3 つとも根っこは同じで、定性調査の役割である「なぜ・どう・どういう意味で」を掘ることを、定量の「どれだけ」と取り違えています。以降の各工程は、ぜんぶこの一点の予防に従います。
説明には、解約が増えている BtoB SaaS のタスク管理ツールの例を 1 本使います。クロス集計などの定量分析で「解約した人ほど利用頻度が低い」までは分かった。でも肝心の「なぜ使わなくなるのか」が分からない。そこをインタビューで掘りにいく場面です。登場する人物・発言・ノートは、すべて説明のために作成した架空データです。
その問い、インタビューで分かるものか
「解約対策、インタビューでもやってみるか」。そう思いついた瞬間に、いったん立ち止まってほしいのです。その問い、本当にインタビューで分かるものでしょうか。
まず定性調査を素朴に定義しておきます。定性調査とは、少人数から深く話を聞いたり行動を見たりして、「なぜ・どう・どんな意味で」を理解しようとする調べ方のことです。数の大小(どれだけ・何%・どのくらいの差)を測る定量調査とは、そもそも狙いが違います。教科書の言い方を借りると、インタビューは相手の生活世界(その人が実際に生きている経験の世界)で、ものごとがどんな意味を持つかを記述しようとする営みです(Kvale & Brinkmann)。
定量が測れるのは「何人が入って、何人が買わずに出ていったか」までです。「なぜ、あの人はカゴに入れた商品を棚に戻して帰ったのか」は、その人に追いついて聞くしかない。インタビューは、この「聞くしかない」部分を引き受ける調査です。だから最初の分岐は「何人に聞くか」ではなく、「この問いは、そもそもインタビュー向きか」です。手元の問いを、ざっくり仕分けてみます。
| 問いの形 | 重心 | 向いている調べ方 |
|---|---|---|
| どれだけ/何%/どのくらいの差か | 大きさ・割合 | 定量(アンケート・ログ) |
| A と B でどちらが多いか | 比較・傾向 | 定量 |
| なぜそうするのか/しなくなるのか | 理由・動機 | 定性(インタビュー・観察) |
| どういう経緯・文脈でそうなるのか | プロセス・意味 | 定性 |
| まだ言葉になっていない、何が起きているのか | 発見・探索 | 定性 |
例の「解約した人ほど利用頻度が低い」は、上 2 行、つまり定量が答える問いです。実際、定量はもう答えを出しています。残った「なぜ使わなくなるのか」は下 3 行で、ここから先は測れません。だから定性の出番だと判定できます。
同じ「解約」でも、定量と定性は見るものが違う
同じ「解約」というテーマでも、定量と定性では見えるものが別物です。両者が何を見るのかを 1 枚で対比します。
| 定量(アンケート・ログ) | 定性(インタビュー) | |
|---|---|---|
| 問いの形 | 解約した人はどれくらいいて、どんな層か | なぜ、どういう経緯で使わなくなったか |
| 出てくるもの | 割合・傾向・層ごとの差 | 体験の経緯・つまずきの場面・その人にとっての意味 |
| 人数の意味 | 多いほど推定が安定する | 多さより、理由が出尽くすか |
| 苦手なこと | 「なぜ」を説明できない | 「全体の何%か」を測れない |
この 2 つは競争相手ではありません。定量が「解約者は低頻度層に多い」と場所を教え、定性が「その低頻度は、こういう経緯で起きる」と経緯を描く。少人数アンケートではなく、この分業の後半を引き受ける。それがインタビューです。
「定性って、主観で当てにならないのでは」
と思う方も多いはずです。数え上げをしないぶん、「担当者の主観で好きに解釈しているだけでは」という疑いは当然わいてきます。でも、数え上げないことと、恣意的なことは別です。定性には定性の規律があります。人数を「理由が出尽くすまで」で止める、発言と解釈を分けて扱う、読みを検証する。「主観で当てにならない」の反対は「たくさん数える」ではない、というのがこの記事の底に流れる考えです。
知りたいことを 1 本の問いに絞り、誰に聞くかを決める
仕分けが済んだら、企画書を書き始めます。まず、インタビュー調査がどんな順に進むかを一望しておきます。
① 問いを立てる 何を知りたいかを 1 本に絞る
② 設計する 誰に・何を・どう聞くかを決める(対象者条件/ガイド)
③ 声をかける 条件に合う人に依頼する(リクルート)
④ 聞く 半構造化で対話する(実査・モデレーション)
⑤ 記録する 録音・文字起こし・ノート
⑥ 意味を読む 発言をコードにまとめ、経緯を読む(分析)
⑦ 読みを検証する その解釈でよいか、別の読みはないか
⑧ 伝える 意思決定に紐づけて報告する
では ① から。ここでやるのは、リサーチクエスチョン(RQ = この調査でいちばん知りたい問い)を 1 本に絞ることです。例なら、こうなります。
RQ: このツールを解約した運用担当者は、
どんな経緯・文脈で「使わなくなった」のか。
「解約率を下げるには?」ではありません。それは施策の問いで、大きすぎる。インタビューで扱えるサイズまで、問いを削ります。
次に ② の一部、誰に聞くか。ここが定量といちばん違うところです。定量なら、母集団を代表するように無作為抽出(ランダムに選ぶ)で人を集めます。でも定性では、「代表的な人」ではなく「濃く語れる人」を狙って選びます。これを目的的サンプリング(有意抽出)と呼びます。ねらいは平均的な誰かではなく、知りたい経験を情報濃く持っている人です(Patton)。例なら、「利用者全体の代表」ではなく、こう絞ります。
対象者条件(スクリーニング):
・直近 3〜6 か月以内に解約した/解約を決めた
・自社での運用に日常的に関わっていた(使っていた本人)
・解約に至った経緯を、自分の言葉で話せる
この条件がスクリーニング調査(対象者を絞り込む事前アンケート)の土台になり、リクルーティング(対象者に声をかけて集めること)の依頼文にもなります。
条件は、盛りすぎると誰も当てはまらなくなります。「解約して、かつヘビーユーザーで、かつ役職者で……」とやると、地上に 3 人くらいしか残りません。RQ に本当に効く条件だけに絞ります。何をどう聞くかを決めるインタビューガイドは、骨格だけ言うと導入(あいさつと同意の確認)→ ウォームアップ(答えやすい事実から)→ 中心テーマ 2〜3 個(RQ に直結する深掘り)→ クロージング(言い残しはないか)の 4 区画です。部屋に持って入るのはこの 4 つの見出しだと思えば、まず迷いません。
人数は代表性ではなく飽和で決める
企画書を出すと、まず聞かれます。「で、何人やるの?」。予算に直結するので、当然の質問です。
ここで「n が 10 だと代表性が……」と統計の物差しを持ち出すのは、自分で足を引っ張る行為です。定性は、そもそも母集団の代表を狙っていません。100 人に増やしても、10 人が 1,000 人になっても、「解約者全体の何%が○○」は言えるようになりません。狙いが違うからです。定性が狙うのは、母集団への一般化ではなく、理由やパターンの理解のほうです。統計で母集団に広げるのではなく、読み取ったパターンを別のケースにも当てて確かめにいく。これを分析的な一般化と呼びます(Kvale たちの議論です)。これは経験則ではなく、定性という方法の定義的な性質です。
では人数は何で決めるのか。理論的飽和、つまり聞き続けても新しい話が出てこなくなった状態で決めます。何本目かで「あ、さっきの人と同じ話だな」「もう新しい理由は出ないな」となる。そこが止めどきの目安です。定性のサンプルサイズに決まった正解はない、というのが方法論のゆるやかな合意でもあります(Patton)。
とはいえ「飽和って結局何本なの?」と聞きたくなりますよね。ここで有名な数字があります。Guest たちの 2006 年の研究では、比較的均質な対象(西アフリカ 2 か国・女性 60 名)への面接で、主要なテーマの骨格は最初の 6 本前後で現れ、コードの飽和は 12 本前後で来た、と報告されています。
ただ、この「12 本」をお守りのように持ち歩かないでください。この数字はあくまで経験的なもので、ある 1 つの研究が、均質な母集団への構造度の高い半構造化の面接と体系的なコード化のもとで観測した実測値にすぎません。数理的に必要な人数でも、どの調査にも効く普遍ルールでもない。飽和がいつ来るかは、対象の均質さ・問いの広さ・見たいテーマの数で動きます。次の表は、Guest ら(2006)の実測を目安の起点に置き、対象の性質で前後させたものです。
| 状況 | 飽和は | なぜ |
|---|---|---|
| 対象が均質・問いが狭い・テーマが少ない | 早い(骨格は数本、コードの飽和は 12 本前後が一例) | 新しい語りが早く出尽くす |
| 対象が多様・問いが広い・比べたい層が複数 | 遅い(本数を増やす) | 層ごとに別の飽和が要る |
例のように「解約した運用担当者」と対象を絞れば、比較的早くパターンが見えてくるはずです。だから設計はこうなります。まず 5〜6 本回して、新しい理由が出なくなってきたら、層を足すか止めるかを判断する。これはわたしの実務的な目安で、最初から「10 人」と数を固定しないのがコツです。
この考え方を持つと、業者の見積もりも読めるようになります。「デプスインタビュー 10 名」と書かれた見積もりを見たら、こう聞けます。「この 10 名の根拠は何ですか。均質な層なので飽和が早いと見ているのか、それとも予算の都合ですか。途中で飽和しなかったら、追加はできますか」。人数の根拠を「代表性」で説明してくる相手には、少し警戒したほうがいい。定性の見積もりで代表性を持ち出すのは、物差しの取り違えのサインです。
同意と匿名は、声をかける前に設計する
さあリクルート、の前にもう一つ。同意と匿名は、実査の場ではなく、声をかける前に設計します。倫理は最後にくっつける手続きではなく、企画から報告まで全工程に通すもの。これは Kvale たちの立場で、国際的な業界標準(ICC/ESOMAR)や国内の綱領(JMRA)も同じことを求めています。
なぜ「前」なのか。インタビューには、構造的な力の非対称があるからです。聞く側(発注者・自社の人間)と、答える側(元顧客)は対等ではない。まして「解約した理由を、そのサービスの中の人に聞かれる」場面では、相手は本音を言いづらいし、途中で「もうやめたい」とも言い出しにくい。この不利を埋める設計を、依頼の前にしておく必要があります。
綱領の中身は、発注側がそのまま口に出せる形に畳めます。次の表は、ICC/ESOMAR コードと JMRA 綱領の要点を、対象者や業者にそのまま言える言葉に置き換えたものです。
| 約束すること | 対象者・業者にそのまま言う言葉 |
|---|---|
| 任意参加 | 「参加は自由で、断っても何の不利益もありません」 |
| 目的の説明 | 「これは解約の理由を伺う調査で、営業や引き止めではありません」 |
| 録音の可否 | 「録音してよいか先に確認させてください。嫌なら録りません」 |
| 匿名化 | 「お名前や会社が分かる形で外に出すことはありません」 |
| 途中退出 | 「途中でやめても、答えたくない質問を飛ばしても大丈夫です」 |
| 謝礼と力関係 | 「謝礼はお礼であって、良いことを言う義務ではありません」 |
業者に外注するなら、この 6 つが相手の運用に入っているかを確かめます。「同意はどの時点で・どう取りますか」「匿名化のルールは」「途中退出はどう扱いますか」。ここが曖昧な見積もりは、安くても危ない。
ただし、これらは必要条件であって、十分条件ではありません。同意を取れば良いインタビューになる、わけではない。同意書はスタート地点であって、ゴールではないのです。個人情報保護の逐条や契約の話はここでは扱わず、企画段階で発注側がやることに絞っています。
台本ではなく地図を持って聞く
いよいよ実査です。ここで持っていくのがインタビューガイド。名前に「ガイド」と付いているとおり、これは台本ではなく地図です。
冒頭のわたしの失敗——「解約した理由は次のうちどれですか。A、B、C」——は、台本を持っていこうとした失敗でした。選択肢を読み上げた瞬間、それは口頭アンケートに戻ってしまう。地図というのは、「このあたりを通って、この目的地に向かう」という大まかな道筋だけを決めておいて、実際にどの道を通るかは相手の話に合わせて変える、という持ち方です。これを半構造化インタビュー(大枠は決めるが、順番や深掘りはその場で変える聞き方)と呼びます。
そして忘れてはいけないのが、実査は一方的な聞き取りではなく相互作用だということ。こちらの聞き方が、相手の答えを作ってしまう。「使いにくかったんですよね?」と聞けば、多くの人は「まあ、はい」と言ってくれます。それは相手の本音というより、こちらが差し出した答えをなぞっただけかもしれない。この「つい答えを作ってしまう」問題、すなわち誘導質問は根が深く、実例と具体的な直し方は誘導質問の直し方の記事にあります。ここでは「決め打ちの選択肢を読み上げない・オープンに問う・沈黙を待つ」の 3 つを押さえてください。進行(モデレーション)のコツも、突き詰めればこの 3 つに戻ります。相手が黙ったら、次を促さずに待つ。沈黙は気まずいけれど、そのあとにいちばん大事な一言が出たりします。
録音を「事実」にせず、発言を解釈に変える
聞き終わって、録音とノートが手元にあります。録音を文字に起こす具体的な手順(⑤「記録する」の中身)は、インタビューの文字起こしの記事にまとめてあります。ここからが定性のいちばん面白くて、いちばん危ないところ。録音は「事実の記録」ではありません。
Kvale たちは、面接者の構えを 2 つの比喩で対比しました。鉱夫(miner)と旅人(traveler)です。鉱夫は、知識が相手の中に鉱石のように埋まっていて、それを掘り出すだけだと考える。旅人は、対話をしながら道連れと一緒に意味を作っていくと考える。定性の分析は、旅人の構えでやります。「相手が言ったこと」は掘り出した事実ではなく、その場の対話で立ち上がった語りだからです。
これを実務の動作に落とすと、発言・観察・推論を分けて書く、になります。相手が言った言葉(発言)、その場で見えたこと(観察・声のトーンや間)、そこからわたしが読み取ったこと(推論)。この 3 つを混ぜると、「そう言った」がいつのまにか「そういう事実がある」にすり替わります。
プロフィールとノートで分析の動きを見る
言葉だけだと掴みにくいので、F さん(仮名)の例で見てみます。作り込んだペルソナですらなく、考え方を見せるための最小限のスケッチです。
プロフィール ・F さん(仮名)/従業員 30 名ほどの建設系の会社で、現場管理をしながらツール運用も兼任 ・利用歴 約 1 年 → 3 か月前に解約 ・リクルート経路:解約時アンケートで「理由を話してもよい」に同意した人から依頼
ノートの抜粋は、こんな具合です。
(発言)「最初はよかったんですよ。ただ、現場が一気に増えた時期に、
入力が追いつかなくなって」
(観察)"追いつかなくなって" のあたりで、少し声が小さくなった
(発言)「気づいたら、結局ホワイトボードに戻ってました。
そっちが早いって、現場のみんなが言うので」
(発言)「高いか安いかで言うと…正直、使えてないのにお金だけ払ってるのが、嫌で」
これを軽くコーディングします。コーディングとは、発言に短いラベル(コード)を付けて、意味のまとまりにしていく作業のことです。下の表は、上のノートを入力に、発言へ短いラベルを付けただけのもの(オープンコーディングの入口)です。「読み取れる意味」の列は推論であって事実ではないので、右端に強さと次にやることを添えます。
| 言ったこと(発言) | コード | 読み取れる意味(推論) | 強さ・次にやること |
|---|---|---|---|
| 現場が増えて入力が追いつかない | 運用負荷 > 価値 | 利用のピーク時に、手間が便益を上回った | まだ 1 本。他の解約者でも出るか要確認。観察(声のトーン)は補助で、断定しない |
| ホワイトボードに戻った/現場のみんなが | 代替手段への回帰 | 個人でなく、チームの習慣が古いやり方へ引き戻した | チームの習慣か個人の事情か、次の対象者で切り分ける |
| 使えてないのにお金だけ払うのが嫌 | 不稼働への支払い忌避 | 引き金は価格そのものより「使えていない感」 | 対抗仮説あり(次の表へ) |
この 3 行が、⑥「意味を読む」の最小形です。1 本のインタビューから、「負荷が価値を超えた → 古い手段に戻った → 使えてないのに払う不快感が解約を後押しした」という経緯が、仮に見えてきます。数え上げ(「操作性への不満 1 件」)ではなく、経緯として読むのがポイントです。
言ったことと、読み取った意味を分ける
旅人の構えを保つ道具が、この分離ワークシートです。⑦「読みを検証する」を、その場でできる軽さに落としたもの。各行、左がその場で起きた事実(発言・観察)、中がわたしの読み(推論)、右が元の発言に戻って当てる別の読みです。
| 言ったこと(発言・観察) | 読み取れる意味(推論) | 対抗仮説(別の読み方) |
|---|---|---|
| 「使えてないのにお金だけ払うのが嫌」 | 価格ではなく「不稼働」が解約の引き金 | 本当は価格が高いが、言い訳として「使えてない」と言っている可能性 |
| ”追いつかなくなって” で声が小さくなった(観察) | 負担を認めることへの、ためらい | 単に喉や緊張だっただけの可能性。読みすぎない |
右端の対抗仮説があることで、1 つの発言に複数の読みを当てられます。研究者が意味を勝手に確定してしまう危うさ(Kvale はこれを解釈の独占と呼びます)への、ささやかな歯止めです。読みに迷ったら、いつでも元の発言に戻る。埋まっている事実を掘り出すのではなく、対話から意味を立ち上げる。鉱夫ではなく旅人の構えを保つ、ということです。
束ねたパターンを数字に変えて「解約理由の○%」まで持っていく本格的なコード化は、また別の手順(アフターコーディング)の領分で、アフターコーディングの手順の記事にまとめてあります。
業者からの「解約理由 第 1 位(58%)」を疑う
外注した場合の受け取り方も、ひとつ。リサーチ会社から報告書が上がってきて、そこに「解約理由 第 1 位:操作が難しい(58%)」と円グラフが載っていたとします。きれいです。上司も一目で分かる。でも、ここで手が止まってほしい。
十数本のインタビューを%にして円グラフにした瞬間、それは定性を数え上げに戻しています。冒頭の「10 人中 7 人」と同じ症状です。返す質問はこうです。「その 58% の分母は何本ですか。『操作が難しい』は、誰のどんな言葉を、どうまとめたコードですか。反対の語り(操作は平気だった人)はありましたか」。
定性の報告に%の順位表が出てきたら、黄色信号だと思っておくと安全です。もちろん、量的にも見たいなら、それは最初からミックスメソッドで設計する話。あとから少数の発言を%に化粧するのとは違います。
この設計でできること、できないこと
一通り回したので、この設計の輪郭を確かめます。冒頭の「口頭アンケートになりかけた」失敗が、なぜ危なかったのかがここで分かります。
この設計が渡すのは、「なぜ・どう・意味」を掘るための全体像です。その代わり、渡せないものもはっきりしています。
- 全体の割合は言えない。「解約者の何%が操作性で辞めた」は、この調査では測れません。それを知りたいなら定量の設計(サンプルサイズを確保したアンケート)が要ります。
- 母集団への一般化はしない。見えたパターンは「解約者すべてに、この割合で当てはまる」ではなく、「こういう経緯があり得る」という理解です。他のケースに当てはまるかは、当てにいく側の判断(転用)になります。
- 因果は確定できない。「負荷が高いから解約した」と語られても、それは本人の解釈です。実際の因果は、ログや実験など別の設計で確かめます。
- これは架空データです。F さんも、その発言も、コード化も、ぜんぶ説明のために作った教材で、実在の証拠ではありません。練習できたのは「発言を解釈に変えるやり方」であって、特定サービスの解約理由の真実ではない。
手を動かす各工程には、それぞれ専用の記事があります。ガイドの具体的な作り込み、誘導の直し方、ノートを本格的にコードへ起こす手順。この記事が渡すのは、全体の見取り図と、各分岐での判断のクセです。
おわりに:「10 人聞けば本音が分かる」に戻る
最初の会議に戻ります。「10 人くらいに聞けば、みんなの本音が分かりますね」。
企画を一周してみると、手元にあるのは「何人がそう言ったか」の集計表ではありませんでした。あるのは、「なぜ・どういう経緯で解約に至るのか」という意味の理解です。負荷が価値を超え、チームの習慣が古い手段に引き戻し、使えていない不快感が背中を押す。これは 10 という数字ではなく、理由の構造で語れます。
だから、上司の「で、結局どうなの?」には、こう返せます。「『操作が難しい人が何%』ではありません。『稼働のピークで手間が便益を超えて、チームの習慣が古いやり方に引き戻す』という経緯が見えました。次は、これが他の解約者でも出るかを確かめます」。「何人聞くの?」には、「まず 5〜6 本。新しい理由が出なくなってきたら止めます。10 人ぴったりに意味があるわけではないので」。
最後に、持ち帰ってほしいことを 3 つだけ。
- 問いを仕分ける。「なぜ・どう・意味」ならインタビュー、「どれだけ・何%」ならアンケート。測れないものだけを、聞きにいく。
- 人数ではなく意味で止める。飽和で止める。そして「言った」を「事実」と混ぜない。
- 倫理は最初から全工程に。同意・匿名・退出権・力の非対称は、声をかける前に設計しておく。
えらそうに書きましたが、わたしも油断すると、いまだに選択肢を読み上げる台本を作りかけます。インタビューは、聞き方ひとつで答えが変わる、ちょっと怖くて面白い道具です。数える誘惑をそっと手放して、意味のほうへ。次はガイドの作り方あたりから、手を動かしてみてください。
参考文献
- Steinar Kvale & Svend Brinkmann, InterViews: Learning the Craft of Qualitative Research Interviewing, 3rd ed., 2015, SAGE, ISBN 9781452275727.
- Michael Quinn Patton, Qualitative Research & Evaluation Methods, 4th ed., 2015, SAGE, ISBN 9781412972123.
- Greg Guest, Arwen Bunce & Laura Johnson, “How Many Interviews Are Enough? An Experiment with Data Saturation and Variability”, Field Methods, 18(1), 2006, pp.59–82, DOI:10.1177/1525822X05279903.
- ICC/ESOMAR, International Code on Market, Opinion and Social Research and Data Analytics, 2016, https://esomar.org/code-and-guidelines/icc-esomar-code
- 日本マーケティング・リサーチ協会(JMRA)「マーケティング・リサーチ綱領」2017 年改訂, https://www.jmra-net.or.jp/rule/prenciple/