リサーチクエスチョン
リサーチクエスチョンとは、その調査で何に答えを出すのかを、答えの出る形に絞り込んだ一つの問いです。
調査を頼むとき、手元にあるのはたいてい願望のほうだ。「売上を伸ばしたい」「有料化を増やしたい」。それは正しい。ただ、そのままでは調べられない。願望を、データで答えが返ってくる問いに翻訳したもの。それがリサーチクエスチョンである。
願望と、答えの出る問いは違う
たとえば、B2B SaaS で、無料トライアルは登録されるのに有料化につながらない、と悩んでいるとする。
会議で出てくるのは「有料化をなんとか増やしたい」だ。けれど、この言葉のままアンケートを設計し始めると、設問は散らかる。料金のことも、機能のことも、導入体制のことも、ぜんぶ聞きたくなる。集計表は分厚くなるのに、結局どこから手をつけるかは決まらない。
ここで一段、問いに落とす。
「どの業種で、どんな使い方をしている人が、トライアルのどの段階で有料化を見送っているのか」
主語が決まり、対象が絞られ、知りたい中身が一つに定まる。こう書けたとき、初めて「誰に・何を・どう聞くか」が自動的に立ち上がってくる。漠然と「有料化を調べる」のと、この一文を持っているのとでは、出てくる調査がまるで違う。
良い問いが、調査の形を決める
リサーチクエスチョンは、調査票の前にある設計図ではなく、調査の形そのものを規定する。
問いが「どれくらいの人がそう感じているか」を測るものなら、対象を広くとって数で測る方向に進む。問いが「なぜそう感じるのか」を理解するものなら、対象を絞って言葉で深掘る方向に進む。対象者の選び方も、設問も、分析の組み方も、すべてこの問いから逆算される。手法を先に選んでから問いを後付けすると、この逆算が効かない。
良い問いには、共通する手触りがある。具体的で、焦点が一つで、手元の条件で答えが出せること。いくら鋭くても、予算・期間・到達できる対象で測れない問いは、設計に落ちず止まる。条件は、問いを縛る制約でもある。逆に、問いが大きすぎたり漠然としていたりすると、手法も分析も定まらないまま、不安定な結果だけが残る。「市場を理解したい」は問いではなく、まだ願望の側にある。
調査全体をどう組み立てるかはマーケティングリサーチの側に骨格があるが、その出発点に置かれる一文が、このリサーチクエスチョンだ。
問いと仮説は、役割が違う
混同しやすいのが仮説との違いだ。
リサーチクエスチョンは「何を知りたいか」を問う形で書く。仮説は、その問いに対して「たぶんこうだろう」と先回りした、検証可能な予想の文だ。先ほどの例なら、「現場の担当者だけで試した人ほど、決裁の段階で有料化を見送る」が仮説にあたる。問いがあって、その答えの当たりをつけたものが仮説——という順序になる。問いを飛ばして仮説だけを立てると、何を確かめるための予想なのかが宙に浮く。
リサーチクエスチョンをどう判断に使うか
リサーチクエスチョンは、設計のときだけのものではない。分析の段になっても効いてくる。
数字が大量に出てきたとき、人はつい目立つ差に飛びつく。けれど、最初に「この問いに答えるための調査だ」と決めてあれば、見るべき数字とそうでない数字の区別がつく。問いは、分析を散らからせないための錨でもある。
ここで気をつけたいのは、問いを「設問」と取り違えないことだ。アンケートに並ぶ一問一問は設問であって、リサーチクエスチョンではない。問いが先にあり、それに答えるために設問が決まる。順番が逆になり、問いのないまま設問だけを足していくと、回答は集まるのに何も判断できない、という調査ができあがる。
リサーチクエスチョンとは、調査の前に立てる一本の杭
調査の経験が浅いうちは、早く設問を作りたくなる。手を動かしている実感があるからだ。けれど、設問の前に決めるべきは、この調査でどの迷いを晴らすのか、という一文のほうだ。
その一文があれば、何を聞くかも、誰に聞くかも、出た数字のどこを見るかも、すべてそこから引き出せる。なければ、立派な集計表の前で「で、結局どうする」と止まる。
設問を書き始める前に、一度だけ自分に聞いてみたい。
この調査で晴らしたい迷いは、一文で書けているか、と。