N1分析

N1分析とは、たった 1 人の顧客を徹底的に掘り下げ、その人が「なぜそうしたのか」を、行動に至るまでの文脈ごと理解しようとする定性的な分析の進め方です。

N1分析を具体例で理解する

たとえば、ある日用品ブランドが「平日の昼に高価格帯の詰め替えをまとめ買いした 30 代の女性」を 1 人選び、その人だけを 90 分かけて聞いていく。

なぜその日に買ったのか。きっかけは何だったのか。前に使っていたものの何が不満だったのか。棚の前で迷った瞬間、頭に何がよぎったのか。

すると、「香りが残りすぎるのが嫌で、子どもが小さいうちは無香料寄りのものを探していた」といった、アンケートの選択肢には並んでいなかった理由が出てくる。

数字にまとめると消えてしまう、たった 1 人の生活の文脈が見えてくる。

これが N1分析である。

N1分析の仕組み

N1分析が見るのは、「全体の平均」ではなく「具体的な 1 人の文脈」だ。

多くの調査は、回答を足し合わせて割合や平均を出す。便利だが、その過程で一人ひとりの事情はならされて消えていく。N1分析は逆に、1 人の中にある出来事・感情・前後関係をできるだけそのまま残し、行動の筋道を追う。

質的研究では、こうした 1 つの事例を深く見る進め方を単一事例研究と呼び、数の代表性ではなく、文脈の濃さから理解を得ようとする。N は標本の数を指す記号で、N1 は「対象が 1 人」を意味する。

N1分析は何に使うのか

N1分析が効くのは、答えではなく問いを探している段階だ。

  • まだ仮説がなく、何を聞けばいいかすら定まっていないとき
  • 数字では出てこない、購入や離脱の「本当のきっかけ」を探したいとき
  • 顧客像(ペルソナ)を、実在する 1 人を起点に立ち上げたいとき
  • 新しい商品やメッセージのアイデアの種を見つけたいとき

逆に、「どれくらいの人がそう思っているか」「A と B のどちらが多数派か」といった、規模を見て意思決定する場面では N1分析は向かない。そこは定量調査の領域だ。N1分析は定性調査の一手法であり、両者は対立ではなく順番で考えるとよい。深掘りで仮説を作り、数で確かめる、という流れだ。

そして N1分析では「誰の 1 人を選ぶか」が結果をほぼ決める。多くの人に当てはまりそうな典型的な人を選べば共通の輪郭が、極端な熱量を持つ人を選べば見過ごされていた切り口が見えやすい。目的に合わせて、選ぶ 1 人を意図的に決めることが要になる。

N1分析でわからないこと

最も注意すべきは、1 人で見えたことを、そのまま全体に当てはめてはいけない、という点だ。

1 人の話がどれだけ鮮やかでも、それが市場の何割を代表するかは、その 1 人からはわからない。選んだ人がたまたま熱心な利用者だったり、こちらの仮説に合う人だったりすれば、見えた景色はその選び方に引きずられる。

だから N1分析で得た発見は「結論」ではなく「仮説」として扱う。本当にその傾向が広がっているのかは、改めて定量で裏を取る前提で進める。全体の分布を確かめるなら、回答を属性や行動で分けて比べるクロス集計などを使うとよい。

1 人を深く知ることと、その 1 人を全体だと思い込むことは、まったく別のことだ。

N1分析は、平均では消える理由を取り戻す

調査の数字は、大勢を 1 つにまとめることで全体像をくれる。けれど、まとめた瞬間に、なぜそうしたのかという生々しい理由は抜け落ちる。

N1分析が取り戻すのは、その抜け落ちた理由のほうだ。

その 1 人は、何に困り、何を期待し、どの瞬間に心を決めたのか。深掘りする相手は、平均から外れた特別な人とは限らない。ごく平均的に見える 1 人でも、選択肢の裏にある事情を聞けば、数字には残らなかった文脈が出てくる。

だから N1分析で価値が出るのは、生身の 1 人を自分で選び、その文脈を自分の目で確かめにいくときだ。借りものの平均的な顧客像を眺めているだけでは、その一歩は始まらない。

そこを省かない限り、平均では消えてしまう個別の理由は、もう一度すくい上げられる。

このページの著者 こんぺい

大手事業会社で商品企画に携わり、スタートアップではプロダクトマネージャーとして会社を立ち上げ、調査会社では立ち上げからリサーチオペレーションを築いてきました。事業をつくる現場でいつも大事だと感じるのは、作り手と使い手の想いが重なる部分をどう大きくするか、そして、いいものを届け続けるお金のめぐりをどうつくるか。その重なりを広げる力が、リサーチにはある。そう信じて、このメディアをつくっています。