仮説
仮説とは、調査を始める前に立てておく「たぶん、こうではないか」という仮の答えのうち、データで確かめられる形にしたものです。
調査を発注するとき、最初に詰まるのはここだ。何を聞けばいいのか。設問を考える前に、本当はその一歩手前で決めることがある。何を明らかにしたいのかというリサーチクエスチョンと、それに対する仮の答えである。
仮説を具体例で理解する
街なかのカフェで、平日昼の再来店が伸びない。理由を知りたくて、客席の様子と注文の記録を調べることにしたとする。
このとき、いきなりデータを眺める前に、一つの文を書いてみる。
「平日昼は提供が遅く、昼休みの時間内に料理が間に合っていないのではないか」
これが仮説である。当たっているかどうかは、まだわからない。ただ、この一文があると、見るべきことが決まる。注文から提供までに何分かかったか、その客が後日また来たか、混む時間帯ほど提供が遅れていないか。仮説は「何を確かめる調査なのか」を先に決めてくれる。
そして大事なのは、この文が外れる可能性も同時に持っていることだ。提供が遅かった客とそうでない客で再来店に差がなければ、この仮説は否定される。確かめられる形になっている、というのはそういう意味である。
仮説の最小限の仕組み
仮説の核は、検証できる形に落ちているかどうかにある。
「もっと客に来てほしい」は願いであって、仮説ではない。データのどこを見れば当たり外れがつくのか、決まっていないからだ。一方「提供が遅れた客ほど再来店しない」なら、提供にかかった時間と再来店の有無を突き合わせれば、支持されるか否定されるかが判定できる。
科学的な調査で大事なのは、どんな結果が出たら自分の見立てが間違いだと言えるか——それをあらかじめ言える形になっていることだ。これを反証可能性と呼ぶ。間違えようがない主張は、確かめようもない。だから仮説は、当てにいくものというより、外れたら捨てる前提の仮の答えだと考えておくとよい。
仮説をどう判断に使うか
ここが、発注側でいちばん誤解されやすい。
まず、仮説なしの「とりあえず調査」は散漫になりやすい。何が出るかわからないまま設問を増やすと、データは集まるのに、結局なにも決まらない。仮説があると、設計の段階で「この問いに答えるには、最低どの設問が要るか」を逆算できる。
次に、仮説は捨てられて初めて役に立つ、という感覚を持っておきたい。よくあるのは、最初の見立てに合う回答ばかり拾い、合わない数字を「例外」として流してしまうこと。これは確証バイアスと呼ばれ、自分の仮説を可愛がるほど起きやすい。分析を見据えるなら、むしろ「どんな結果が出たらこの仮説を取り下げるか」を、データを見る前に決めておくほうがいい。
そして、立てた仮説は早い段階で同僚に見せたほうがいい。一人で温めるより、否定の余地を他人の目で点検してもらうほうが、検証できる形に近づく。
仮説を答えと取り違えないために
仮説が支持されても、それは「今回のデータと矛盾しなかった」というだけで、「正しいと証明された」わけではない。
別の原因が隠れているかもしれないし、次の調査で覆るかもしれない。だから、提供の遅さと再来店の少なさに関連が見えても、遅さが原因で足を遠のかせたとまでは言い切れない。関連と因果は別の話で、観察したデータだけでは原因とは断定できないからだ。
仮説でわかるのは、結論ではない。
次に何を確かめ、どこを設計し直すかという、調査の向きである。立てた仮説をデータにぶつけて支持か否定かを見ていく仮説検証は、ここから始まる。
仮説とは、捨てる覚悟を持った仮の答えである
調査を頼むとき、つい「答えが出てくるもの」と期待してしまう。けれど、問いを持たない調査は、何も指していない地図のようなものだ。
仮説とは、当てにいくための予想ではない。
外れたらすぐ引っ込めると決めたうえで、それでも暗がりに向かってまず差し出してみる手のようなものだ。何かに触れれば「ここだ」とわかり、空を切れば、次はどこへ伸ばせばいいかがわかる。その一手があるから、調査は何を見るかを決められる。