発言録の作り方:AI 文字起こしを土台に、引用に耐える記録を残す

目次

インタビューを録り終えて、さあ分析、というところで手が止まる。全部を一字一句、文字にするのかと思うと、気が遠くなります。かといって要点だけメモしておくと、あとで「この人、本当にそう言ってた?」を確かめられなくなる。

この記事は、デプスインタビュー——相手ひとりから深く聞く面接——を録ったあと、その音声を「分析に使える発言録」に変えるまでの手順です。AI の文字起こしを下書きに使い、重要なところだけ丁寧に直し、発言・観察・解釈を分けて残す。この手順の終わりには、どこをどの粒度で起こすかを自分で決められて、引用に耐える記録が手元に残っています。

発言録づくりの失敗は、二方向あります。全文を逐語で起こそうとして時間を溶かすこと。その反対に、要約しすぎて「本人が何と言ったか」を後から確認できなくすることです。両方を避ける鍵は、分析の目的に合う粒度を先に決めて、AI の下書きの上で、重要な箇所だけ精緻に直すこと。ここに尽きます。

例に使うのは、食材宅配サービス(ミールキットや定期便で食材が届くタイプ)の利用者インタビューです。共働きで半年以上続けている人に、平日の夕食づくりのどの場面でサービスに頼り、どこで不便を感じるかを聞く、という設定にします。これから出てくるサービス・発言・文字起こしは、すべて説明のために作った架空のもので、実在の調査結果ではありません。

発言録は、分析の証拠として作る

発言録とは、インタビューで話された内容を、あとで分析に使えるように書き起こした記録のことです。清書された美しい原稿ではありません。目的はただひとつ、分析のときに「この人はどう言っていたか」へ、いつでも戻れるようにしておくことです。

なぜそこにこだわるのか。定性分析は、数字ではなく本人の言葉を証拠にして進むからです。Patton は、インタビューの生データはあくまで本人の言葉(引用)であり、その質が分析の質を決めると説きます。逆に言うと、言葉が手元に残っていなければ、「解約の理由は時間のなさだった」と結論しても、根拠にあたる発言をあとから示せません。「言った・言わない」を再確認できないデータは、分析の証拠になりません。

ここで、ひとつ思い込みを外しておきます。文字起こしは、録音をそっくり写し取った中立なコピーではありません。Kvale と Brinkmann は、文字起こしを話し言葉を書き言葉へ移し替える、解釈のこもった作業だと位置づけます(方法論での整理であって、数理的な決まりではありません)。どこで文を区切るか、言い淀みを残すか、笑いをどう書くか——選ぶたびに、記録は少しずつ「作られて」いく。だから、たった一通りの正解はない。あるのは、分析の目的に合っているかどうかだけです。

粒度は、分析の目的から決める

起こし方には、粗さの違いが 3 段あります。先に言葉を決めておきます。

  • 逐語(ちくご)
    • 「えーっと」「その」まで含めて、話されたとおりに全部書き取る起こし方。
  • 準逐語
    • 意味に関わらないフィラー(つなぎ言葉)を間引いて読める形に整えつつ、本人の言葉は変えない起こし方。
  • 要約+タイムスタンプ
    • 何を話したかを要約し、あとで戻れるよう録音の時刻だけ添える起こし方。

逐語は情報がいちばん濃いぶん、時間もいちばん食います。Braun と Clarke も、すべての発話を書き取る逐語は手間のかかる作業だと述べています。だから、全部を逐語で起こす必要はありません。

粒度の割り振りは、家計簿に少し似ています。毎日の支出を 1 円単位で全部つけようとすると、たいてい続きません。大きな買い物はレシートを残し、細かいものは費目でざっくりまとめる。そのくらいの割り切りで、必要なときに振り返れる家計簿になります。発言録も同じで、分析の核になりそうな発言はレシート級に丁寧に残し、周辺は要約でまとめて時刻だけ添える。全部を同じ濃さで起こそうとしないことが、続けるコツです。

同じひと言を 3 段で書き分けると、こうなります。

表 1/同じ発言を粒度別に書き分ける

粒度同じ発言の書き方向いている箇所
逐語「えーっと、その、平日は献立を考える余裕が全然なくて。あの、ミールキットっていうんですか、それを頼んでて……」言い淀みやためらいそのものを見たいところ
準逐語「平日は献立を考える余裕が全然なくて。ミールキットっていうんですか、それを頼んでいて」引用の候補になりそうなところ
要約+タイムスタンプ〔00:12〕平日は献立を考える余裕がなく、ミールキットを定期便で利用、と語る分析の中心ではないところ

判断の順番はこうです。まず、この面接で答えたい問いにいちばん効く発言はどれか、を思い浮かべる。そこは準逐語以上で丁寧に残す。言い方のニュアンスやためらいまで分析したい一点だけ、逐語にする。残りは要約にして、タイムスタンプで元の音声に戻れる道だけ確保しておく。この配分は決まった数値がある話ではなく、書き手の目安です。テーマによって、逐語にする範囲は動きます。

AI 文字起こしは下書きとして使う

いまは、録音を投げれば数分で文字にしてくれる AI ツールがあります。これを、清書の完成品ではなく下書きとして使う。ここが今日のいちばんの近道です。ゼロから打つより速く、そのぶん、直しと分析に時間を回せます。

ただし、下書きの質は録音の質でほぼ決まります。手を打てるのは録音の側です。

  • 静かな場所で録る
    • 生活音や BGM が入ると、AI の変換精度が落ちます。
  • 話し手の声を近くで拾う
    • オンライン通話なら、各自のマイクを分けて録れると後が楽です。
  • ひとりずつ話す
    • 声が重なると、誰の発言かの振り分けが崩れます。

3 つ目に関わるのが話者分離です。話者分離とは、録音の中で「いま話しているのは誰か」を AI が振り分ける機能のこと。相づちや声の被りが多いと、ここが乱れて、聞き手の発言が話し手に混ざったりします。

もうひとつ崩れやすいのが、専門語と固有名です。サービス名・商品名・略語は、AI が知らない言葉ほど、それらしい別の語に化けます。事前に語彙リストを渡せるツールもありますが、基本は「化けている前提」で受け取るのが安全です。実際、AI に食材宅配の面接を起こさせると、下書きはこんな調子で返ってきます。

話者1  普段はもう平日はその券立てを考える余裕が全然なくて
話者1  はいあのミルキットっていうんですかそれを頼んでてで
話者1  そうなんですねそれは毎日
話者1  いや毎日じゃなくてまあ週に4回くらい定期便で来るやつを
話者1  でも正直廃走が遅れた日はなんかもう自短にならないっていうか

「献立」が「券立て」、「ミールキット」が「ミルキット」、「配送」が「廃走」、「時短」が「自短」。相づちの話者もずれています。これを完成品として扱ってはいけません。下書きは、あくまで下書きだ。

校正は、重要な箇所だけ精緻にする

では直します。ここでのコツは、全部を等しく直そうとしないこと。分析の核になる箇所だけ、音声を聞き直して精緻に。周辺は、意味が取れれば十分です。

さきほどの下書きを、核の箇所として校正すると、こうなります。

A さん  普段はもう、平日は献立を考える余裕が全然なくて。
        ミールキットっていうんですか、それを頼んでいて。
わたし  そうなんですね。それは毎日ですか。
A さん  いや毎日じゃなくて、週に 4 回くらい。定期便で来るやつを。
A さん  でも正直、配送が遅れた日は、もう時短にならないっていうか。

やったことは 4 つです。

  • 誤変換を直す
    • 「券立て → 献立」「ミルキット → ミールキット」など、音声を聞き直して確定する。
  • 話者を分ける
    • 相づちの「そうなんですね」を聞き手(わたし)の発言に戻す。
  • 言い淀みを間引く
    • 意味に関わらない「えーっと」「なんか」は落とす。ただし「正直」「まあ」のように評価のニュアンスに関わる語は残す。
  • 聞き取れない箇所を印にする
    • 確定できない部分は消さずに [聞き取れず] と書き、推測で埋めない。

直しは音声との照合でやります。Braun と Clarke も、記録は元の音声に忠実であるべきだと念を押します。記憶や思い込みで整えると、いつのまにか本人が言っていない言葉が混じります。

「重要な箇所だけ」というのは、手抜きではなく設計です。1 時間の面接を全文逐語で完璧に直すのは、たいていコストに見合いません。分析の核になる 5 分ぶんを精緻にし、残りは要約とタイムスタンプで戻れるようにしておく。そのほうが、同じ時間で深く読めます。

発言と観察と解釈は、分けて残す

引用に耐える発言録には、もうひと工夫あります。本人が言ったこと・その場で観たこと・そこから推測したことを、混ぜずに分けて記録すること。この 3 つを一緒くたにすると、あとで「これは本人の言葉? それとも自分の解釈?」が分からなくなります。

3 層に分けると、こう残ります。

表 2/発言・観察・解釈を分けて記録する

何を書くか
発言本人が言った言葉(準逐語)「配送が遅れた日は、もう時短にならないっていうか。子どもがお腹すいたって言い出すし、結局ある物で作っちゃう」
観察その場で見聞きしたこと「時短にならない」の前に少し間があり、語尾が下がった
解釈そこから推測したこと平日夕方の時間の余裕が、このサービスへの評価を左右する軸かもしれない
確度推測の確からしさ弱い。1 名の 1 場面のみ。ほかの人にも同じ語りが出るか要確認

大事なのは、解釈を必ず発言か観察に紐づけることです。Miles と Huberman は、何が起きたかの記述と、それが何を意味するかの解釈を分けて扱うことを、質的分析の基本に据えています。そして Kvale が言うように、発言の意味は解釈の対象であって、額面どおりの事実ではありません。「時短にならない」という言葉が、そのまま「このサービスは時短にならない」という事実になるわけではない。発言は、事実じゃない。解釈への入り口です。

だから、いきいきした引用を見つけても、それ 1 本で結論を決めない。発言・観察・解釈を分けておくと、あとで「この解釈は、どの発言に支えられていたか」をたどれます。逆に紐づかない思いつきは、解釈ではなく仮説として、別に置いておく。

同意と録音告知と匿名化は、省けない

ここまで手順の話をしてきましたが、その手前に、絶対に飛ばせない前提があります。相手の同意です。録音を回す前に、次を伝えて、了解をもらう。

  • 何のために聞くのか(調査の目的)
  • 録音してよいか(録音の可否)
  • 録音データを何に使い、どこに保管し、いつ消すか
  • 答えたくない質問は飛ばせるし、途中でやめてもよいこと(任意参加)
  • 謝礼がある場合は、その内容

これらを説明し、納得のうえで参加してもらうことを、インフォームドコンセント(説明にもとづく同意)と呼びます。国際的な調査倫理である ESOMAR の綱領も、国内の JMRA マーケティング・リサーチ綱領も、参加者の保護と同意、データの適正な扱いを土台に置いています(業界標準・倫理綱領による規範です)。

そして発言録づくりに直結するのが、匿名化です。文字起こしには、本人の名前だけでなく、子どもの名前、勤務先、利用しているサービスの実名まで、そのまま入ってきます。これを起こした段階で伏せる。たとえば子どもの名前は [お子さんの名前]、サービス名は [サービス名] と置き換える。あとでレポートに引用するとき、うっかり実名が残っていた、という事故を防げます。匿名化は、分析の直前ではなく、発言録を作るその手で済ませておくのがいちばん安全です。

解約理由そのものを掘る設計は、姉妹記事の解約理由インタビューの設計にゆずります。ここでは、録音の前に同意と匿名化を固めておく、という一点を押さえてください。

AI に渡す前に、秘密保持を確かめる

AI の文字起こしは速くて、下書きとしては本当に頼りになります。そのうえで、渡す前に確かめたいことが 2 つあります。

ひとつは、ハルシネーションです。ハルシネーションとは、AI が事実にない内容をもっともらしく作り出してしまう現象のこと。文字起こしでも起きます。Koenecke たちの 2024 年の査読研究は、ある音声認識モデルで、音声に存在しない語句が丸ごと挿入されたセグメントが約 1% あり、そのうち約 38% が暴力的・差別的といった有害な内容を含んでいた、と報告しています。つまり、AI の下書きには、誰も言っていない一文が紛れ込むことがある。だから、校正せずに引用してはいけません。核になる発言ほど、音声との照合が要ります。

もうひとつは、情報の外部送信です。クラウド型の文字起こしは、音声や個人情報を外部のサーバーへ送って処理します。匿名化する前の生音声には、参加者の名前も声も入っています。それを外に出してよいと、参加者は同意していたか。契約や利用規約で、送ったデータがどう扱われるか。ここは事前に確認するところです。AI のリスク管理では、NIST の枠組みなどが「どのデータを・どこへ・どう扱うか」を見取り図として整理しています。便利さと、預けてよい範囲を、天秤にかける。

AI をこき下ろしたいわけではありません。下書きの速さは本物で、土台には十分使えます。ただ、完成品として鵜呑みにしないことと、匿名化前のデータを不用意に外へ出さないこと。この 2 つを守れば、AI は発言録づくりの強い味方になります。

この手順でできること、できないこと

発言録づくりには、はっきりした限界もあります。

  • 良い発言録は、良い分析を保証しません。
    • この記事で作れるのは、分析に戻れる土台です。そこから何を読み取るかは、アフターコーディングなど分析の工程の話になります。
  • 発言は、事実そのものではありません。
    • 発言録は「本人がそう言った」ことの記録で、「それが本当に起きた」ことの証明ではない。行動ログや別の面接と照らして確かめる場面が要ります。
  • AI の精度は、製品や時期で動きます。
    • ここでは一般的な注意に留めました。個別ツールの話者分離や誤変換の癖は、自分の録音で試して確かめてください。
  • 例はすべて架空です。
    • 食材宅配のサービスも、A さんの発言も、下書きの誤変換も、ぜんぶ説明のための教材で、実在の調査結果ではありません。身につけてほしいのは発言録の作り方であって、このサービスの実態ではありません。

そして、発言録はあくまで途中の成果物です。対象者を集める段どりも、実際に会って聞く面接も、この記録の外にあります。全体の流れはインタビュー調査の全体像で見渡せますし、面接の設計そのものはインタビューガイドの作り方にあります。

おわりに

録り終えた音声を前にした、あの気の遠くなる感じ。あれは、たいてい「全部やらなきゃ」という思い込みから来ています。全部は起こさない。核だけ丁寧に、周辺は戻れるように。それだけで、発言録づくりはぐっと軽くなります。

次に面接を録ったら、まず AI に下書きを頼んで、いちばん効く 5 分ぶんだけ、音声を聞きながら直してみてください。発言・観察・解釈を分けて、名前を伏せて。手元に残るのが、あとから胸を張って引用できる記録になっていると思います。

参考文献

この記事の著者 ずか

スタートアップの UI デザイナーとして出発し、2010 年代は数々のスタートアップで Web・アプリのデザインを手がけ、その立ち上げを支援。その後はデザインファームで、大手企業の新規事業開発にも関わってきました。UI は、人の「こうしたい」という想いを形にする仕事です。ただ、その形は最初から見えているわけではなく、使う人との対話的なリサーチを重ねながら育っていく。だから、調査の現場にも身を置いています。