欠損値
欠損値とは、アンケートや観測データで、本来あるはずの回答や測定値が入っておらず、空白のまま残っているマス目のことです。
回収したローデータを開くと、あちこちのマスが空いている。年齢や性別は埋まっているのに、年収の列だけ、ぽつぽつと抜けている。埋めるか、消すか、早く決めて先へ進みたくなる。
でも、空いたマスは黙っていない。誰が、どこで、なぜ答えなかったのか。その空き方に、たいてい理由がある。
年収の欠損は、たいていランダムには空かない
働き方を 1,000 人に聞いて、年収の設問だけ 120 人ぶん空いていた。この 120 の空白は、サイコロを振ったようにばらけているだろうか。おそらく違う。年収は、高い人ほど答えたくないと感じやすい項目だ。すると空白は、高所得の側にかたよって出る。
ここが欠損値の要点になる。空いたマスは、ただ情報が足りないのではない。誰が答えなかったかということ自体が、一つの情報になっている。
欠損値の欠け方は「まったくの偶然・他の項目から読める・答えないこと自体が値と結びつく」の三つ
最初にやるのは、埋めることでも消すことでもない。なぜ空いたかを見立てることだ。欠け方は、おおまかに三つに分けられる。
- まったくの偶然で空いた欠損(MCAR)。回答者の性質と関係なく、たまたま抜けた。
- 他の答えている項目から読める欠損(MAR)。たとえば年齢の列を見れば「若い人ほど記入をとばす」と説明がつく。
- 答えないこと自体が、その値と結びつく欠損(MNAR)。高所得ほど年収を伏せる、がこれにあたる。
欠け方で扱いを変えるべきだという枠組みは、Rubin が 1976 年に示したものだ。空白がどれに近いかで、この後にできることが変わってくる。
見立てを飛ばして空白の行を全部落とすと、残った人が偏る
いちばん手軽なのは、空白のある回答者をまるごと集計から外すことだ(リストワイズ除外)。欠けていない人だけで計算すれば、表はきれいに埋まる。
問題は、そのきれいさが偏りと引き換えになりうることだ。全部落としても平均や割合がゆがまないのは、欠け方がまったくの偶然(MCAR)のときだけだと分かっている。さきほどのように高所得側が抜けているなら、残るのは中〜低所得にかたよった集団だ。その平均年収を全体の平均として読めば、実際より低く出る。
消せば母数も減る。何を、なぜ、何件外したかを残しておかないと、後から偏りを点検できない。この記録の作法は、不良回答を除くデータクリーニングと同じだ。ただし、値が極端すぎる外れ値の除外とは違って、欠損は値そのものが無いところをどう扱うかが問われる。
欠損を平均で埋めると、データのばらつきは実際より小さく見える
落とさずに埋める手もある。素朴なのは、その列の平均値をすべての空白に入れるやり方だ。
数は揃う。けれど同じ値を何十個も注ぎ込めば、そのぶんデータは真ん中に寄る。ばらつき(分散)は実際より小さく見え、「差が小さい」「関係が薄い」という方向へ結果がずれていく。空白を埋めて安心したつもりが、静かに結論を動かしている。
埋め方の工夫はある。ばらつきを保ったまま複数どおりに埋めて結果を統合する、多重代入という手法だ。ただし、どれを選べるかは欠け方の見立てで決まる。
つまり、落とすのも埋めるのも、欠け方を見ないまま機械的にやると裏目に出る。空白の扱いは、集計にかける前のいちばん判断の要る場所だ。
空白を見たら、埋め方の前に「誰が答えなかったか」を確かめる
欠損値と向き合うとき、まず問うべきは、どう埋めるかではない。誰が、なぜ答えなかったか、だ。
空白は、集めたデータが取りこぼした人の輪郭でもある。その抜けの形は、埋めても消しても消えない。だから消し方や埋め方をきれいにするより先に、どこがどう欠けていたかを一枚のメモに残す。その一枚が、あとで「この数字は誰を代表していないか」を思い出させてくれる。
空白のマスは、作業の入口でいちばん軽く扱われて、いちばん結論を左右する。次にデータを開くときは、埋める手をいったん止めて、その空き方を眺めるところから始めたい。