間隔尺度
間隔尺度とは、摂氏温度や西暦のように、目盛りの間隔が等しく差を比べられる一方、ゼロが「無」ではなく任意に置かれた点であるため、比(倍数)には意味を持たないデータの種類です。
ある報告書の一文
満足度調査の報告書に、こう書かれていたとする。
「今期の満足度スコアは 80、前期は 40 でした。満足度は 2 倍に伸びています」
数字は確かに倍になっている。会議でも、誰も止めないかもしれない。
でも、もしこのスコアが 0 点を「満足が無の状態」として設計されていないなら、その「2 倍」は成り立たない。摂氏で 20 度が 10 度の 2 倍暑いと言えないのと、同じ理屈だ。
差は語れる。倍率は語れない。
この線引きを見落とすところに、間隔尺度のつまずきがある。
ゼロが「無」ではない、ということ
測定の物差しを 4 つに整理したのは、心理学者の S.S. スティーブンスが 1946 年に発表した論文だった。名義・順序・間隔・比例。後ろにいくほど、数字に許される計算が増えていく。
間隔尺度は、その 3 番目にあたる。
特徴は二つある。一つは、目盛りの間隔が等しいこと。10 度から 11 度への 1 度と、30 度から 31 度への 1 度は、同じ大きさの変化を表す。だから「差」を引き算で語れる。前期と今期で 40 ポイント上がった、と言える。
もう一つが、ゼロの意味だ。間隔尺度のゼロは、「無」ではなく、人が決めた任意の原点でしかない。摂氏 0 度は「熱が無い」点ではないし、西暦元年は「時間の始まり」ではない。原点が便宜的に置かれているから、「○倍」という比だけが意味を失う。差は原点をどこに置いても変わらないが、倍率は原点が動けば変わってしまうからだ。
身のまわりだと、摂氏・華氏の温度、西暦の年号、知能指数、テストの偏差値あたりがこれにあたる。
どこまで計算してよいか
ゼロが任意だと聞くと扱いにくそうだが、できることは少なくない。
差が意味を持つので、足し算・引き算が成り立つ。そこから平均値も標準偏差(ばらつきの大きさを表す指標)も計算してよい。「平均より上か下か」「ばらつきが大きいか」を、そのまま論じられる。順序しか持たない5 段階の満足度が「平均を出してよいのか」と迷うのに比べると、間隔尺度はずっと素直な物差しだ。
許されないのは、比(倍数)と、比に依存する計算だけだと考えておくとよい。偏差値 70 は偏差値 35 の「2 倍優秀」ではないし、IQ 120 が IQ 60 の「2 倍賢い」わけでもない。倍率で語れるのは、絶対的なゼロを持つ比例尺度——売上、人数、来店回数のように、0 が「無」を意味する物差し——に限られる。
間隔尺度でわからないこと
最も大事な留意は、差は言えても、倍は言えないということだ。「40 ポイント伸びた」で足りる話を、つい「2 倍」と比で語ってしまう。原点が任意な間隔尺度に、倍率は本来なじまない。
ここで、冒頭の満足度スコアに話を戻す。この種のスコアの多くは、0 点を「満足がまったく無い」状態として設計されてはいない。だとすれば扱いは間隔尺度で、差は語れても倍は語れない。「40 ポイント伸びた」だけが、その物差しに許された言い方だ。
もう一つ、見落としやすい前提がある。5 段階の満足度を間隔尺度とみなして平均を出すとき、私たちは「1 と 2 の差」と「4 と 5 の差」が等しいと仮定している。だがその等間隔は、回答者の主観が保証したものではなく、分析する側が置いた約束事にすぎない。
間隔尺度とは、差を測る物差しである
調査の数字は、大きく動いたときほど倍率で語りたくなる。「2 倍」は強く、短く、伝わりやすいからだ。
でも、その物差しのゼロは、何かが「無い」点を指しているだろうか。
設問を設計するときに、一度それを確かめておきたい。この値は、差を見たいのか、倍率まで見たいのか。倍で語りたいのなら、ゼロが「無」を意味する尺度をはじめから選ぶ。そうでないなら、結果は差で語る。
倍率という誘惑を、そっと手前で止められるかどうか。等しい目盛りで差を測るこの物差しをうまく扱えるかは、たぶんその一点にかかっているのだと思う。