広告効果測定

広告効果測定とは、出した広告が人々の認知・態度・行動をどれだけ動かしたかを、接触の前後や接触した人としない人の比較で確かめる手法です。

駅張りのポスターを一か月出した。その前後でブランド認知を測ると、認知率が 40% から 50% へ、10 ポイント上がっていた。ただ、その 10 ポイントは、本当にポスターが動かしたのだろうか。

広告の効果は「認知 → 態度 → 行動」の順に積み上がる

広告が人を動かすとき、その動きは一段ではない。まず存在を知る認知、次に「良さそう」と感じる態度、そして買う・調べる・申し込む行動。Lavidge と Steiner は 1961 年、この連なりを効果の階層として整理した。認知が動いても、その先の態度や行動意向まで動くとは限らない。

だから、まず決めるのはどの層を効果とみなすかだ。狙いが「まず知ってもらう」なら測るのは認知率でいい。けれど「買いたさ」まで動かしたいなら、態度や購入意向を測らないと、効いたかどうかを取り違える。

接触前後だけでは弱い。広告効果は「接触した人としない人」の比較で近づく

測り方は、大きく二つある。

一つは接触の前後で比べる。広告の前と後で同じ調査をし、変化を見る。さきほどのポスターがこれだ。手軽だが、前後で動いたのは広告だけとは限らない。

もう一つは接触した人としない人を比べる。動画広告なら、配信ログで「見た人」と「見ていない人」が分かる。両群を突き合わせ、見た側がどれだけ高いかを測る。誰が見たかを個人で追えない交通広告でも、出した地域と出していない地域を並べれば近づける。

この「比べる相手(統制群)を置く」発想は、Campbell と Stanley が 1963 年にまとめた実験計画に根がある。広告なしの群が同じ時期にどう動いたかが分かれば、広告のぶんだけを差し引きで見積もれる。さきほどの例で、広告のない地域も 42% から 47% へ 5 ポイント上がっていたら——10 のうち半分は、ポスター以外の何かだ。

広告を覚えている人ほど、答えが大きく動く

やっかいなのは、この測定が自己申告に頼りがちなことだ。

「この広告を見ましたか」と聞き、「見た」人の態度を測る。だが広告を覚えている人は、もともとそのブランドが気になっていた人に偏る。その購入意向の高さが、広告のおかげか、もとから好きだったからか、切り分けられない。覚えている人ほど答えが動くぶん、効果は大きめに出る。

だから設計では、接触を自己申告に委ねすぎない。可能なら配信ログのような記録で接触を判定する。

上向いても、季節や値下げと切り分けられない

広告効果測定の核心的な限界は、ここにある。数字が上がっても、それが広告のおかげだと言い切れない。

前後で比べれば、そのあいだの別のこと——年末商戦、同時期の値下げ、他チャネルの施策——がまるごと効果に化ける。接触群と非接触群で比べても、接触した側が自己選択で偏っていれば、群のちがいは広告を見る前からあったのかもしれない。測定の合間に紛れ込む広告以外の出来事は、この測定がいちばん切り分けにくい。

自己申告のアンケート一本で「広告のおかげで売れた」まで言うのは、踏み込みすぎだ。相関と因果は違う——この一線はアンケート調査の設計でも効く。効果を前後で追い続ければトラッキング調査になるが、続けても原因の切り分けには別の設計がいる。なお、出稿前にどの広告案が良いかを見るコンセプトテストは、効果を測るこの話とは別の段だ。

測る前に、比べる相手を決めておく

広告効果測定は、数字を出す手法である以上に、比べ方を決める手法だ。

前後で比べるのか、接触した人としない人で比べるのか。認知・態度・行動意向のどれを効果とみなすのか。誰を「見ていない側」に置くのか。これを出稿の前に決めておかないと、あとから戻れない。

数字そのものは、出稿してからでも出せる。けれど「何と比べた数字か」は、出稿する前にしか仕込めない。次に広告を打つ前に、比べる相手を一つ、決めておきたい。

このページの著者 こんぺい

大手事業会社で商品企画に携わり、スタートアップではプロダクトマネージャーとして会社を立ち上げ、調査会社では立ち上げからリサーチオペレーションを築いてきました。事業をつくる現場でいつも大事だと感じるのは、作り手と使い手の想いが重なる部分をどう大きくするか、そして、いいものを届け続けるお金のめぐりをどうつくるか。その重なりを広げる力が、リサーチにはある。そう信じて、このメディアをつくっています。