黙従傾向
黙従傾向とは、設問の内容に関わらず、回答者が「はい」「そう思う」「賛成」と同意する側へ答えを寄せてしまう傾向のことで、回答バイアスの一種です。
黙従傾向を具体例で理解する
新サービスの調査で、こんな設問を出したとする。
「このサービスは使いやすいと思いますか?(そう思う/そう思わない)」
集計すると、「そう思う」が 8 割を超えた。発注した側は手応えを感じる。
ところが、別の場所に逆向きの一文を混ぜておいたとする。「このサービスは操作が分かりにくいと思いますか?」。使いやすいと答えた人は、ここでは「そう思わない」はずだ。なのに、こちらでも「そう思う」が一定数いる。
賛成と賛成。両立しないはずの答えが、同じ人の回答に同居している。
中身で賛否を決めたのではなく、聞かれたら同意する側へ寄った。これが黙従傾向である。
なぜ「はい」へ寄るのか
寄ってしまうのは、回答者がいい加減だからではない。背景には、よく知られた三つの説明がある(Krosnick & Presser, 2010)。
ひとつは性格的な傾向。意見を食い違わせること自体が気まずく、できれば同意したい人がいる。
ふたつめは相手への遠慮。質問者のほうが詳しいと感じ、設問を「相手の意見」と受け取ると、逆らわず合わせようとする。
みっつめは満足化(satisficing)。深く考えるより同意するほうが楽だ、という省力策だ。Krosnick が整理したこの考え方では、人は肯定側のもっともらしさだけ確かめ、否定側を吟味しないまま「はい」へ傾く(1991 年)。
共通するのは、否定より同意のほうが楽だという力学だ。とくに「〜だと思いますか(賛成/反対)」と同意を求める形式で強く出る。
どれくらい数字が動くか
黙従傾向のやっかいさは、賛成率を実態より高く見せる点にある。
古典的な例がある。Schuman と Presser が「男性は女性より政治に向いている、に賛成か」と賛否で聞いた問いを、「男性が向く・男女同程度・女性が向く」と選択肢を並べて聞き直すと、男性が向くは約 33% にとどまった(1981 年)。賛否形式のほうが、同意は目に見えて多く出る。研究者が信頼するのは、特定の答えへ押していない 33% のほうだ。
これは一例にすぎない。賛否と強制選択を比べた 8 研究をならすと、賛否のほうが平均で約 14 ポイント多く同意が集まった(Krosnick & Presser, 2010)。賛否形式では、回答者のおよそ 1〜2 割が、中身に関わらず肯定側に乗ることがあるとされる。
設計で薄める、分析で見抜く
黙従傾向は、聞き方と読み方の両方で扱える。
設計では、引き算で考える。賛成/反対をやめ、立場を全部言葉にした項目固有の選択肢にする(さっきの「男女どちらが向くか」がそれだ)。あるいは、同じ態度を逆向きにも尋ねる逆転項目(意味を反転させた項目)を混ぜ、賛否をそろえた尺度にする。否定項目への同意が肯定項目への同意を打ち消し、合計の偏りが相殺される(Billiet & McClendon, 2000)。ただし逆転項目は回答者を混乱させ、別の誤差を生むことがあるので入れすぎない(Weijters & Baumgartner, 2012)。
分析では、その逆転項目が点検口になる。そろうはずの肯定・否定の答えが食い違えば、中身を読まずに同意した疑いを持てる。
避けたいのは、高い賛成率をそのまま真の支持と読むことだ。「使いやすい 8 割」は、その聞き方のもとでの 8 割でしかない。聞き方を変えれば縮む数字を、製品への評価と取り違えてしまう。
黙従傾向とは、賛成を数えて支持と読み違える落とし穴である
調査票を作るとき、私たちは賛成の多さに安心したくなる。
でも、その「はい」は、中身への同意だろうか。それとも、断りにくさへの同意だろうか。
だから、高い賛成率を見たら、支持だと読む前に確かめてほしい。同じ態度を逆向きに聞いても、その「はい」は崩れずに残るか。逆向きの問いでも一緒に賛成が増えるなら、数えていたのは中身への支持ではなく、断りにくさのほうだ。